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立石コーポレーション
地域と歩んだ75年の挑戦史
75th
挑戦

立石コーポレーション
地域と歩んだ75年の挑戦史
HISTORY of TATEISHI CORPORATION

HISTORY of TATEISHI CORPORATION

馬車が行き交う時代に、
手汲みポンプから始まったガソリンスタンド事業。

それを皮切りに、
数えきれないほどの「挑戦」と、
地域の助けがあって、
立石コーポレーションは今、ここに至っています。

設立から75年が経ったこのタイミングで、
その歴史を1つにまとめて、
皆さんに知っていただこうと思いました。

75年はゴールではありません。
歴史に負けないくらいの挑戦を、
これからも続けていく通過点です。

「いつも身近で、最も頼られるなにげない
日々をイロドル会社」

先輩たちの挑戦に触れ、
立石コーポレーションのビジョンへ
改めて一丸となりましょう。

THE HISTORY HISTORY OF TATEISHI CORPORATION
1951

第二次世界大戦で
活躍する戦車から着想。
次の時代は自動車が席巻する。

敵国に攻め入る「戦車」。これが立石コーポレーションのルーツであることはあまり知られていません。創業者の立石八郎は、陸軍の一員として第二次世界大戦を経験していました。そこで目にしたのは、ガソリンで動き、たった数台で戦局を左右する「戦車」。得体のしれない液体を注入するだけで、恐ろしいほどのパワーを発揮するその姿を見て、「これからはガソリンの時代がくる。自動車の時代がくる」とひそかに思っていました。戦後、立石薬局の新規事業として「立石薬局石油部」を設立。周囲が揃って首をかしげる中、手動ポンプでくみ上げる原始的なやり方で、今の立石コーポレーションの土台を築いていきました。

Sub Episode

初代・八郎は自らオートバイにまたがり、一斗缶を荷台にくくり付けて灯油を配達して回っていました。油がこぼれ服を汚すことも、冬の寒さが身に染みることも日常茶飯事。それでも、一軒一軒こうして回ることで、地域のインフラをこの手で創れるという実感を獲得していきました。

1952→1970

「いっそのこと、心中した方が…」
守るべき従業員が
絶望から救ってくれた。

ガソリンスタンド経営は、想像を絶する茨の道でした。元売りから直接仕入れられない「二次卸」という立場では、売っても売っても利益が出ません。資金繰りは常に火の車。「いっそ、一家心中した方が…」。八郎は、本気でそう考えたこともあったといいます。踏みとどまらせたのは、過酷な状況でも信じてついてきてくれる従業員たちでした。「ここで終わらせるわけにはいかない」。その不退転の決意が、1970年の「立石石油株式会社」設立、そして、悲願であった元売り(シェル石油)との直接契約へと繋がっていったのです。

Sub Episode

給料の遅配があっても、従業員たちは必死に働きました。「社長も給与を受け取っていないことはみんな知っていた。そんな社長にみんなついていった」。当時を知る者は言います。今では考えられない状況でも、踏ん張り続ける社員の存在が、何度も折れかけた初代の心を支え、会社の命を繋いでいったのです。

1981→2000

飛行機の窓から見えた景色
セルフスタンドのはじまり

とある日の福岡出張で、二代目の立石修は巨大なセルフスタンドのスケールに衝撃を受けました。長野へ戻る飛行機が着陸態勢に入る頃、眼下に広がる広大な土地を見て「ここだ」と確信します。それは長野県のガソリンスタンド業界では初となる、大規模セルフスタンド開発にぴったりの場所でした。商売的には魅力を感じづらく、誰も見向きもしなかった郊外の土地です。しかし、そこにいち早く目星をつけ、前例のない大規模セルフスタンドの計画を推進。初代・八郎が手汲みポンプからガソリンスタンド事業を立ち上げた時と同じように、周囲の疑いの目をよそに、自らの挑戦を推し進めたのです。

Sub Episode

「あの土地がいい」。郊外の土地に最初からこだわっていないのは、社内で修だけでした。しかし、先見の明を信じた従業員と共に、地権者のもとを訪ねては交渉し、ガソリンスタンドオープンにこぎつけたのです。常識外れの経営者の発想と、それを実現させる従業員の執念。立石コーポレーションの「挑戦の歴史」には、いつもこの組み合わせがありました。

2001→2015

よそ者扱い。
反対運動。
逆境を跳ね返した
現場の熱意。

2003年、長野県初の大型セルフスタンド「スーパーセルフやまびこドーム店」は、まさに嵐の中での船出でした。行政は慎重な姿勢を示し、競合他社からは一部で反対の声も上がったのです。事務所に少人数が訪れたり、赤穂店では嫌がらせを受けることもありました。そんな状況で初代店長を任された笠原(現リテール事業部次長)は、見知らぬ土地で「よそ者扱い」される孤独な戦いを強いられました。そんな中でも「安売りだけでは人は来ない」と必死で地域に溶け込み、信頼関係を築いていきました。経営陣が発起した変革を成果につなげたのは、笠原をはじめとする従業員の力があってこそだったのです。

Sub Episode

変革のど真ん中にはいつも従業員がいました。新村店がマークアップする際の、カード獲得イベント。台風による悪天候の中、周囲のガソリンスタンドが軒並みキャンペーンを中止・撤退する中でもキャンプカーを貸し切って受付を実施。車中でカード申し込みを受け付ける異例の対応で、困難な状況を乗り越え、会員数増加につなげていきました。

2016

成功も、失敗も、
すべてが未来への燃料。

将来を見据え、会社は石油事業に安住せず、新たな領域に挑みました。ベーカリーレストラン「サンマルク」、そば屋「高田屋」、中古車販売「ガリバー」。そして海を渡ったカナダでは、後に三代目社長となる立石宗一郎が、人生で最も過酷な戦いに挑みました。経営が悪化した居酒屋の立て直しに奔走。あまりの過酷さに過労で倒れたこともありました。「あれを超える苦しみはない」と語る壮絶な経験は、新しい挑戦の厳しさを物語っていました。組織形成がうまくいかず頓挫した事業、人材を育てきれずに手放した店舗。この経験から我々は痛感します。「核となる事業の礎なくして、新たな挑戦は実を結ばない」と。この痛みこそが会社の揺るぎない礎となっていきました。

Sub Episode

倒れた宗一郎の穴は、アルバイトスタッフの想像をはるかに上回る活躍が埋めてくれました。「自分がいないとダメだ!と思っていましたが、そんなことは無かったですね」。宗一郎は今でもその活躍に感謝する。また、サンマルク事業でXmasケーキの予約が殺到した時には、店舗の従業員だけでは対応しきれない状況でも頭をひねり、現場社員の発案で急遽ガソリンスタンドでも受け渡しを行うことに。畑違いの業務にも関わらず、スタンドのスタッフたちは笑顔でケーキをお客様へ。部門を超えた柔軟な協力体制や、そこで戦うスタッフの姿勢から、挑戦を支える組織風土が表れていました。

2019
二代目 立石宗一郎

会社と社員の未来を拓く
ビジョンを見据えた第三創業期

三代目・立石宗一郎が、社長に就任してすぐに向き合ったのは、価格競争で疲弊した「薄利ビジネス」からの脱却でした。「会社にとっても、社員にとっても、より良い未来をつくっていきたい」。まずは全社員へのヒアリングを実施。現場の熱量や課題を再認識し、新しい施策につなげていきました。一方で、未収金の回収など、課題解決にも着手。少しずつ、着実に、ビジョンを見据えた経営改革を推し進めていきました。

Sub Episode

改革方針についていけないと、退職者が出たこともありましたが、従業員との対話を避けることなく、向き合うことを宗一郎は自らに課していました。その結果なのか、新たな方針に共感し、行動してくれる従業員が一人、また一人と増えていく実感がありました。そんな彼らが、宗一郎を、そして会社を支えていったのでした。

2020

痛みも学びに変えていく。
撤退も未来への準備だ。

数々の挑戦と失敗は、会社に「見極める力」を与えてくれました。その学びが試されたのが、コロナ禍での新規事業です。創業の地を盛り上げようと始めたカフェ事業は、感染拡大の荒波を受け、一年で撤退という苦渋の決断を下します。ですが、その早期判断こそが、次なる成長につながりました。同時期に始めたフィットネスやコインランドリー事業に経営資源を注ぎ、地域の新たなニーズを的確に捉えることに成功。過去の挑戦で得た学びが、現在の収益の柱を育て上げたのです。

Sub Episode

フィットネス事業。その成功を確かなものにしたのは、やはり現場の社員でした。立ち上げ期から事業に参画し、店長として活躍する若手社員。コロナ禍を機に地元へUターンし、新天地で手腕を発揮する社員。与えられた新しい舞台で、一人ひとりが主役として輝く。その力が、会社の新たな成長エンジンを力強く回しているのです。

YOUMEX 75th

新しい経営理念を策定。
日々をイロドル会社になる。

私たちが目指すのは、エネルギーを供給するだけの会社ではありません。「いつも身近で、最も頼られる、なにげない日々をイロドル会社」。その担い手は、ガソリンスタンドはもちろん、フィットネスジム「エニタイム」やコインランドリーといった、暮らしに寄り添う新規事業です。これらは全て、未来への布石に他なりません。それぞれの時代に、命を懸けた挑戦がありました。そして今、そのバトンは、この社史を読んでいるみなさん一人ひとりの手に渡されています。過去の英雄が未来を創るのではありません。今を生きる私たちが次の歴史を創ります。私たちの物語は、まだ始まったばかりなのです。

100年企業へ。さらにその先へ。